麻生政権の末期、 民主党の優勢が聞こえていた今年7月中盤頃、麻生首相は民主党を意識して、盛んに 我々は「保守本流」だから との発言を繰り返していた。
「保守本流?」、麻生氏は何を言いたかったのか?
「民主党」も保守政党だが、「自民党」としては 経済界や地方の「保守層」は、本来の「保守政党の本流」である我々、自民党を推すべきだ! と党内意見を統一し、これまでの自民党支持者に 強烈にアッピールすべきだと、政策・政治方針を決めていたに違いない。
誰もが 自由に意見を言える我が国では、政治家が、自分の信念で、自分の「党」の位置付を決め 戦略を推し進めることは結構なことだ。
しかし、どれだけの人々が「保守本流」の意味を理解したのだろうか?
しかも この言葉を使おうとした自民党の何人が この言葉の「定義付け」を試みたのか?
おそらく 当時の「麻生さん」そのもののように、意味付けなしに、感覚でしゃべりだしたのではないか?
民主党が政権を握った結果、現政府は 従来の「自民党」にない政策、「友愛」精神を旗印にした政策を掲げ、直接「市民」の懐を温める施策を志向している。
併せて、「小泉氏」の進めた<市場原理主義的>経済改革で、驚くべき程の「経済格差」が生じた今、社会的弱者の救済は、待ったなしの、最優先課題である。
よく似ている。 アメリカと日本の新政権の立場は。
前政権からの過大な国家の負債の引き継ぎ、と 無視できないほどになった「格差社会」。
ひたすら 米国のまねや仕組みへの追従は、日本伝統の「和」の精神をヅタヅタに切り裂いた。
「保守本流」の意味が、それでもまだ 「アメリカ追随・市場原理主義」であるのならば、自民党の再出発は無い。
そして 結果として 最初に消える「保守」は 自民党と言う事になる。
考えてみると 「改革」という言葉の定義も やはり あいまいなままだった!
最近 ゆったりと考えてみても、マスコミは 煽られて「改革」と唱えていたが、郵政以外何を改革しようとしていたのか? 分かる事は、膨大なな日本の郵便貯金金額(一説に300兆円)が、危ない所でアメリカの巨大金融機関に持ち去られるようとしていたのだ。
小泉・竹中路線は 対米従属路線。この後の 混迷期には、日本の総理大臣は何をしていいのか、曖昧なまま 自らその「職」去った。
今 鳩山首相は米対等路線に「舵」を切った。それは あまりにも これまでが対米従属
に過ぎたから。 そして 気を付けなければならないのは、格差にあえぐ人々への救済政策を
「社会主義的」とののしる勢力が、「保守本流」と唱える旧自民党とその取り巻き学者や評論家であろうことは 目に見えている。
資本主義の行き過ぎを 是正できるのは 修正資本義政策のみ。
修正資本主義は、その体内に「社会主義的」政策を孕んでいる。凶暴な市場原理主義を制御するには、かえって、自らの反逆者を必要としているのだ。
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