毎日の「食べ物」が 我が身体を創っている事は、改めて言う事もないが、カミさんによる「食事
療法」が 功を奏して、幾分身体が軽い。 何を言ってルンだ、痩せの徳島のくせに!との声もきこえそうだが、従来の体重は ここ10数年変わらず、最近も変化は無い。しかし、なんとなく軽い感じがして、毎朝の「その場飛び・360回」も、なんとなくスムーズである。
ところで ここ2週間ほど 朝の食卓(パンからご飯に変わった)に、大根おろしとその上にシラス干しも出る。
ちぃさな身体に、その割に大きな黒眼の白い魚が、数で80~120尾。初日は気付かなかったが、次の日、これだけの数の魚が 私一人に食べられてしまうのか!と なんだか「罪づくり」
な気持ちを持った。
しかも 大根おろしは毎日続いている。もちろんシラス達はその上に 横になりして、私の口の中に入るのを黙って待っている。
何か 魚たちに申し訳ない気持ちを持ってしまう。 「食物連鎖なんだ、勘弁してくれ。」と思う。
人間は なんでも食べ、「アワビの踊り食い」とか、新鮮だ!と言って、今水槽に泳いでいた「魚」を、まだ肉がピクピク動いているのを喜んで食べる。人間の為に 他の生物が存在しているかのようだ。 そして人間は「兇暴」だ。 同じ動物種同士なのに殺しあう。
だが 大自然は 本当は人間のためだけにあるのでは無い。壮大な宇宙の「いのち」の営みの中のその一部を人間が生きているに過ぎない。 人間一人ひとりも、「いのちの一部」を生きているのだ。
小さな白魚、たくさんの白魚を 毎日食しながら、そして「他の命」も頂きながら、わが身それこそを生きながらえている私。
経営コーチとして 関与先の企業で働く方々が、 命の歓喜を感じとれるよう 共に感動し、共感し 成長できる職場環境作りをすることを 本当の目標にしよう。これより強い体質の企業は、滅多に出てこないぞ! そして、これこそが たくさんの命を頂いて生きている者の進む道。
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