形式主義を打破して 人の心の内奥を知ろう!
「引きこもり」 の方々を 新年に想う
何人かの「引きこもり」の方を見ていて、直観的に私が感じる事がある。
それは、その方々の多くは 考え方の「底」に、他人からの「評価」を、過大に捉え、自分の主体的考えで行動するではなく、他人に合わせようとして むしろ 疲れ切っている事だ。 勿論その他にもたくさんの自分の心を苛ます事どもがあるだろう。
自分の自尊心に耐えがたい言質の礫。辛い孤独感。自己肯定感の欠如。 人への根深い不信。 親でさえ自分を分かってくれない事への苛立ち。
友から見捨てられる不安。 自分の「任務」を担えない事への不安 等
本人は 一見ダダをこね 甘えて見えるけれども、御本人の心の内は、
どうにも解決できない行き止まりの、苦しみの真只中に居られるのだ。
明らかに これは 「そう」や「そううつ」症状とは違い、脳内分秘物の不足
などではない。
我々の住む 一般社会では、それぞれの地域で、また其々の家庭で、
学校で 沢山の決まりごとがあり、それを遵守していくことになるのだが、
形式化された「様式」を守ることで、それらの「決まりごと」に抵触しないで済む
ようにもなっている。
しかし 決まりごと、「様式化」され「形式化」された守るべき事を そのまま無条件で受け入れていると、「人」は次第に 本来の自発的な行動が なおざりにされるし、物事の変化に対する「主体性」を損なわれる事になる。
何故 この決まりがあるのか? 何故守らなければならないのか? を
理解してこそ、個人の「主体性」は確保できのだが。
しかし 現実には 家庭でも、学校でも、職場でも その多くは「何故」に
ほとんど答えもせず、一方的に様式化された「形式」を押し付けている。
勿論 長い間の「人類の進化の歴史」で、「形式」はとても重要な意味を持ち、それこそ「文字」や「言葉」自体も、その形式(=文法など)を確定できたからこそ 文芸の偉大な発達を見た。
その他 建物分野などは、まず初期の無秩序の出来あがった建築群を形式化して表現し、それを元に工夫・改善を続けた結果として 古代の幾多の「様式」を練り上げ 「人類」の文化・文明として「建築文化」を築きあげる事が出来たのだろう。
しかし、一方 今 現実の世界ではこの「形式主義」が 多大の弊害を そこ此処に生んでいる。
【形式主義】」は、官庁・役所だけの問題ではない。学校も、そして企業も
どっぷりと その悪習の中にいるだけでなく、個人の頭も「形式主義」に染まっている。 形だけ整えれば良い、と。
本質を見極め こうでなければならない!と常に考える「人」はどの位いる?
他人の言う事、 権威ある人の言う事を無条件にわが身に受け入れる事は
危険だ! 状況によって・事態によって「ダブル・バインド」(=指示が二つあり
互いに矛盾している事)等さえもある。
本当の人生は 「人と人のふれあい」の中にこそある。
形式を重んじ、形式的な人との「関係性」の中には 無い。
こころの内奥を知りあい、信頼し合う付き合い方の中にある。
他人と比較する必要はない。
自分は自分・他人は他人。
自分の出来る事をしよう。
自分の好きな事をしよう。
自分の楽しくできる事をしよう。
自分を大事にしよう。
自分を愛せる人は、他人も愛せる。
自分を楽しませる人は、他人も楽しませる事が出来る。
どんな人に対しても「主体的」に対応しよう!
形式を離れ、心の「交流」を求めよう。
これは「個人主義」とは、まったく違う生きざまだ!
人を「活かす」生き方だ!
今 引きこもっているあなたへ
自分を活かす事は、社会を発展させる事
自分の「内奥」からの考えで行動できる事は
自己実現の道を歩む人。
私とあなたは、あなたの心の内奥を 共に探索し
そして 私は
あなたを外の広い世界へ ご案内する事が出来る。
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